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執筆者の写真林幸一郎

個人主義の「人に知られない淋しさ」

しっくりくる生き方や仕事で才能と個性を発揮し、発揮させる、という事はどういうことでしょうか。

夏目漱石「私の個人主義」は私の考え方に大きく影響を与えた本のなかの一冊です。

学生のときに読んで衝撃を受けました。


執筆したものでなく、夏目漱石が学習院大学の学生に講演した内容を文字に起こしたものです。

夏目漱石がこれから社会に出ていく学生に向けて、生き方や仕事全般について応援しアドバイスしている内容は、我々にとっても励みになると思います。


要点


1.他人の借り物の価値観でなく自分の価値観に生きる「自己本位」

夏目漱石は若いときに生きる意味に迷っていた。

「この世に生まれた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当がつかない。」という感じだった。それはイギリスに留学しても解決せず、自分の価値観が確立できずにいた。むしろ他人の借り物の知識や人まねをすることに疲れ切った。

そこで自分を救った考えは「自己本位」であった。

自分の酒を他人に飲んでもらって旨いか不味いか聞くのでなく、他人がどう言おうが自分が好きなものは好きで良いと考えるようになった。

「自己が主で他は賓(ひん)(お客さんとか添え物とか言った意味)である」といった信念が自信と安心を与えてくれた。


2.自分の価値観に合った生き方を見つける

自分の進むべき道や仕事を見つけることで幸福と安心を得ることができる。

なぜならその人の個性にあった無理のない生き方ができるから。

それだけでなくますます個性や才能を発展させることが出来る。

「自分とぴたりと合った仕事を発見するまで邁進しなければ一生の不幸である」と言っている。

3.他人の自由と個性を尊重する

自己の幸福のために己の個性を発展させるべきである。

それと同時に他人の個性が勝手に発展するのを妨げてはならない。

「自己の個性の発展をなしとげようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならない」「自分がそれだけの個性を尊重し得るように、他人にに対してもその個性を認めて、彼らの傾向を尊重するのが理の当然」。と言っている。

人格のない人が個性をわがままに発展させようとすると他人に自分の個性を押し付けることになる。

4.権力には義務が付帯する

権力は自分の個性を他人に無理矢理押し付ける道具になる。したがって権力には義務が付帯するべきである。

人格のない人が権力を用いようとすると乱用に流れる。


5.金力には責任が付帯する

金力も他人の精神を買う手段にすることができる。金力を使うにはそれにともなう責任が発生しなければならない。

人格のない人が金力を使おうとすれば社会の腐敗をもたらす。


6.お互いが個性を発展させるためには人格を磨く必要がある

夏目漱石は「ある程度の修養を積んだ人でなければ、個性を発展させる価値もなし、権力を使う価値もなし、また金力を使う価値もないということになる」と言っている。


7.個人主義とわがままとは全く別のもの

人の個性を発展させるには個人の自由が必要である。個性の発展には自由が欠かせない。

自分が自由でいようとするならば、他人の自由も尊重しなければならない。

ただし国家や世界の安定と危険度によって自由の程度は変わる。

これが夏目漱石のいう個人主義である。

8.自分の価値観に生きるには淋しさと付き合う必要がある

個人主義には「人に知られない淋しさ」がある。

自分は自分、他人は他人、でいくのであるときには人がばらばらになる。群れないということであるから向こうの気が進まないのに相手を拘束できない。


以上がこの本の要点です。私の勝手な解釈も多分に入っています。

漱石のような歴史に名を残す知識人でも自己肯定感が低くて悩んでいたというのは驚きです。


日本は自由と民主主義と資本主義経済の国です。

しかし、私は学生時代と会社員時代に自分が自由だと感じることはあまりありませんでした。

それは憲法では自由が保証されていても、実際の生活では権力と金力による拘束を強く感じいていたからだと思います。


例えば「会社はお前の意見を聞いていない。黙って言われた通りのやり方でノルマを達成できないなら退場しろ。それが会社から給料をもらうということだ。」という考え方です。

もちろん、給与を受け取っている以上守るべきルール、方針、貢献すべき成果と言ったものがあります。

私も顧問先の経営理念、社内ルール、業務マニュアルなどを作成し社員に教育しています。そしてそれには一定の強制力をもたせています。

しかし、お前の意見は聞かないとまで言われると、もともと我が強い私などは仕事をやる意味を感じなくなってしまいます。

そこで私は独立という道を模索しました。

結果そのような煩わしさからは開放されました。まあ、幸運にもなんとか食べて行けているから言えることですが。

憲法では自由が保証されていても、実際の生活の中で自分の価値観に沿って生きるのは簡単ではないです。

ただし、このような社員の個性を強く制限するような考えは近年かなり変わってきたと感じます。

最近では社員の意見やアイディアを積極的に経営に反映する会社が増えました。

私も顧問先で新規事業や改善案を検討するときに、社長と2人で議論するだけでなく、社員から意見を聞き一緒になってアイディア出しをする機会が多くなりました。

また、そのような社員のアイディアから生まれたプロジェクトが大きな売上や利益を上げることがあります。


近年は働く側が強い選択権をもつ時代です。つまり転職先はいくらでもある。そんな時代に一方的に経営側の都合を押し付けるのはデメリットの方が強くなっています。

社員の働きやすさや仕事のやりがいを考える会社も増えました。


このような変化には2つの理由が考えられます。

1つは、人材不足です。

顧客を増やしたり、売上を伸ばしたりするより、人材を確保することのほうがより難易度が高い、という業界や会社が増えました。

就職氷河期のような時代とは逆で、社員が会社を選ぶ時代です。転職先はいくらでもあるのです。

働きやすい会社でないと人材の確保ができなくなっており、働きがいのない会社でないと優秀な人材は確保できません。

この傾向は加速するでしょう。

2つ目は、企業に多様性が必要になった。

経営陣だけで考えたアイディアは現在の顧客や市場のニーズ・空気感といったものにそぐわなくなることが多くなった。

多様な世代・性別・専門分野の人から意見を聞いてアイディアを拡散・収斂したほうが良いプロジェクトが生まれやすくなった。


つまり、働きやすい環境づくりや社員の意見に耳を傾ける事が、(キレイ事でなく)会社の生き残りのために必要になった。という事です。


会社経営には、企業側のビジョンを明確に示し社員に共有してもらう、そして目標達成に向かって取り組んでもらう。ことと、会社の目標達成にはこだわりつつも社員の定着率と満足度を上げる。という2つを同時に行うことが求められるようになっています。


そのためには会社の目標と個人の目標をどこまで重ねることができるかが大切だと思います。重なる部分が大きいほど会社も個人も業績が上がりやすい。


20代の人と話すと、「これから人口減少で日本の経済も悪くなるし、国の借金は背負わされるし、給料も上がらずに物価は上がるし、年金はきっと少ないし」と悲観的に思っている人が多いように感じます。

そのとき私は「確かにそういう面はある。だけど自分の個性や才能を発揮するチャンスが増える一面もあると思うよ。だって会社や世の中が若い人の力を必要としていて、競争率も下がるんだから。日本が将来経済的にどうなるか僕にもはっきりわからない。だけど自分が変えられる世界である仕事や生き方を充実させようよ。そのためには個人個人が実力をつけないといけないけどね。」と言うようにしています。


歴史に名を残した知識人である夏目漱石もしっくりくる生き方を見つけるまで悩んだし時間もかかった。

おそらく歴史に名を残すことがない我々は悩んで当然でしょう。


ただ、こんな会話ができるのは日本が他国に侵略されていないから。

とにかく、私は独立して以前より自分の価値観で生きることが出来るようになった。

いまは自分の限られた才能を寿命という限られた期間で使い果たしたいと思っている。

もっと具体的に言うと、自分が関与することで業績が改善する会社を増やしたい。

そんななかで「人に知られない淋しさ」を感じることもある。


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